あなたが『人の目を気にしてしまう』はなぜか? 元対人恐怖症が真剣に考えてみた。

こんにちは、「えぼん。」です!

「人の目を気にせず生きられたら幸せだろうなぁ…」
そう思ったことはありませんか?

僕たちは社会の中で生活している以上、帰属意識を持って周りと上手くやっていく必要があります。
そういう意味では「人目を気にする」というのは悪い事ではありませんし、むしろ最低限必要な意識です。

しかし「人目が気になりすぎて自分の望む生き方が出来ない」のであれば、それは問題です。

僕自身、今でこそ副業を始めて充実した人生を送っていますが
人の視線が病的に気になっていた時期がありました。
対人恐怖症になり、病院にも通った。
もうね、人生辞めたいくらいに窮屈で苦しかったです。

今回は、そんな自分と同じように悩み苦しむ方に向けて
『他人の顔色を伺って生きること』を辞めて幸せになろう、という話をします。

「これまでの人生、あなたは何と戦ってきましたか?」

僕がこの質問をされたら真っ先にこう答えます。
「僕は23年間、他人の目と戦ってきた」と。

思えば僕の人生、物心ついた頃から、10代、20代と「他人の目」が気になって仕方がない、とにかく周りからの視線に苦しめられた人生でした。

人の目ばかり気にしていると、いつしか「自分がどうしたいか」ではなく、「人からどう思われるか」が何よりも最優先な人生になります。

だから、誰よりも人気者に、博識に、完璧になりたかったし、とにかく尊敬されるような人間でありたかったです。

読者
自己顕示欲強すぎないか?w  キ○コン西○みたいだな。

いやほんとw 底知れない自己顕示欲。
自動車教習所でやった性格診断は、見事に「自己顕示欲」だけ突き抜けてましたw

人の目を気にしてばかりいると誰からも好かれない


「皆に好かれたい、認められたい。。」

不思議なもんで、そういうオーラが身体から滲み出てる人って周りからすると、薄っぺらく見えるんですよね。
僕はそんなことにも気づかずに、「他人の目にどう写るか」ばかり考えていた。

人に嫌われたくない一心で必死に生活していた結果、

『完璧主義者でプライドがやたら高いくせに、失敗を恐れてオドオドしていて、人に嫌われないように無難な会話しかできない』

いつしかそんな矛盾だらけの最低な人間が出来上がってしまいました。

当然そんな人間が周りから好かれるはずも無く、
副業で人生が変わるまで、僕の頭の中は人間関係の悩みだらけでした。

だからこそ、『他人の目を気にせずに生きるにはどうすれば良いのか』って事については人一倍考えていたんです。

人はなぜ「他人の目」を気にしてしまうのか

過剰なほど他人の目を気にしてしまう理由を
僕は長い間「コンプレックス」のせいだと思い続けていました。

「コミュ力」、「学歴」、「人脈」……
そういった自分の後ろ盾に自信がないから人の目を気にしてしまうのだと。

だから、学歴やコミュ力、語学スキルなどをとにかく欲しがっていた時期がありました。
「そういう後ろ盾があれば、自信満々に振舞えるんだろうなぁ…」
「他人の視線なんて気にならなくなるんだろうなぁ」
本気でそう思っていたんです。

でも人生を振り返った時に、立派な肩書きを持っていなくて好き放題生きている人達』が沢山存在していた事に気付かされたんです。
自分が弱い立場にいたとしても、全く恥ずかしいと思わずにガツガツ行動できる。

当時の僕は、そんな人達に対して「大した後ろ盾も無いのに、なぜそんなに堂々と振舞えるの?」って感覚でした。

でも今になって分かったんです。
立派な肩書きが無くても堂々と振舞えた理由が。

では本題です、そもそも人の目を気にしてしまう本質的な理由って何なのでしょうか?

自信を与えてくれるのは「肩書き」ではなく、自分が努力した『過程』

先ほど、「立派な後ろ盾や肩書きがあれば自信が持てると思っていた」と言いましたが、これは半分正解、半分間違いだったんです。

たしかに、「立派な肩書き」があるのは少なからず自信に繋がりそうですよね。
でも、それが努力をせずに突然手に入ったとしても、あなたは自信を持てるでしょうか?

例えば、テニス未経験者の人間が、仮に「大阪なおみ選手」とダブルスの大会に出て「全国大会優勝」の肩書きを手にしても、自分は恥ずかしいだけで何の自信にもならないと思いませんか?笑

読者
それは例えが極端すぎるだろw

確かにスケールデカすぎて現実味が無い例えでしたねw
でも、運や他人の力で得た「肩書き」が自分に良い影響を与えてくれる事は無いってことが分かっていただけると思います。

ポイント!
人に自信を与えるのはあくまで努力を続けた「過程」。
「肩書き」はその努力の果てに生まれた副産物でしかない。

つまり、人目を気にしてしまうのは
自分の『肩書き』ではなく、これまでの自分の人生の『過程』の部分に自信がないからなんです。

ここで言う『過程』とは、努力の姿勢だったり、物事への取り組み方の事。

「辛くても自分は努力できる人間だ」、「自分はこうやって困難を乗り越えてきたんだ」
そんな風に過去の自分を信じてあげられないから、自分が周りと比べて劣っているように見えて、人の目が気になるようになってしまいます。

他人の視線が気にならない程、情熱を注げる「なにか」に出会おう。

おそらく、人の視線が気になってしまう人たちは、
「本気で情熱を注げる趣味や仕事」に出会えていません。

本気で情熱を注げるモノがそこにあるなら、努力を努力と感じない。
そして、他人の目線なんて気にしてる暇なんてないはずですから。

僕自身も、人の視線や時間を忘れるほど何かに没頭したのは今の『副業』が初めてでした。

そして今、僕が自分に自信を持って生きていられるのは、没頭できる仕事/趣味があるからに他ならないです!

もしあなたが今、自分が本当にやりたいことを我慢しているなら、思い切ってスタートさせてみませんか?

その決断が、人の目を気にしない自分の生き方をする第一歩になるはずです。
自信や肩書きは後から必ずついてきます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

自分が苦しんでいた当時を思い出しながら記事を書いていたら
かなり重たい内容になってしまいました(笑)

でも、こんな僕でさえ大きく飛躍出来たんだから、自分の情熱を注げるモノを見つけられれば誰だって変わることが出来ると思います。

この記事を読んだあなたが、自分の道を歩んでいけるように祈ってます!




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です